AIを使えば、指導案や文書のたたき台を短時間で作れるようになる。教員の負担軽減に期待する人もいるだろう。
私も、AIを使って指導案作成の負担を減らしたいと考えている。
ただ、気になることがある。作業が速くなった分、本当に仕事は早く終わるのだろうか。
通知表や指導要録が手書きからパソコンに変わったとき、私は「これで楽になる」と期待した。しかし、修正を求められる回数が増え、かえって作成時間が増えたと感じることもあった。
この記事では、その経験をもとに、効率化しても教員の忙しさが変わらない理由と、AIを負担軽減につなげるための条件を考える。
1.AIで作業時間が短くなっても、仕事が減るとは限らない
文部科学省の生成AIガイドラインでは、授業準備や各種文書のたたき台作成などへの活用を、校務の効率化や働き方改革につなげることが期待されている。ただし、生成された内容の適切性を教職員が判断できる範囲内で利用することが前提だ。mext.go.jp
AIは、文章を一から考える負担を軽くする助けになる。一方で、内容の確認や修正は必要になる。
さらに、作業が速くなることによって、求められる量が増える可能性もある。
例えば、一つの資料を作る時間が半分になっても、二つ作ることになれば、作成に使う時間は変わらない。そこに確認や打合せが加われば、負担が増えることも考えられる。
これは説明のための例だが、見るべき点は明確だ。
一つの作業に何分かかったかに加え、最終的に何時間働いたかを確かめる必要がある。
AIの利用回数や作成した資料の数だけでは、負担が減ったかどうかは分からない。
2.パソコン化で起きた「修正できるから、何度でも」
私が20代のころ、通知表は手書きで、ハンコも押していた。指導要録は春休みに万年筆で書き、訂正があれば砂消しで消して直していた。
それがパソコンに変わった。
書き直しが容易になり、作成時間も短くなると思っていた。
ところが、パソコンで作ったものを印刷して検閲を受けると、何度も修正が入るようになった。
「パソコンだから、何度でも直せるんだから」
直す手間が小さくなった分、修正を求める側も繰り返し直しを求めやすくなったのだと思う。少なくとも私の経験では、作成時間は減るどころか増えた。
もちろん、誤りを訂正したり、子どもの様子が適切に伝わる文章にしたりすることは必要だ。
ただ、どこまで整えれば完成なのかが共有されていなければ、修正は終わりにくい。
AIを使う場合も、文書の目的、必要な分量、確認する観点を先に決めておく必要がある。「もっとよくできる」だけで修正を繰り返せば、生まれた時間は残らない。
3.授業や部活動には、表に出ない準備時間がある
業務量を考えるとき、活動している時間だけでは捉えられない負担がある。
私には、合唱部の副顧問に割り当てられ、伴奏の練習も必要になった経験がある。
部活動の時間に加え、事前に練習しなければならない。しかし、その練習を勤務時間内に行う時間は確保されていなかった。管理職は、個人の努力に任せていた。
小さい子どもがいる人なら、帰宅後も自由に練習できるわけではない。
現行の中学校学習指導要領では、部活動は教育課程外の学校教育活動として位置づけられ、生徒の自主的・自発的な参加によって行われるものとされている。mext.go.jp
しかし、教育課程外であっても、私の勤務した学校では校務分掌として顧問が割り当てられていた。生徒の参加の自主性と、教員が担当を選べるかどうかは別の問題だった。
「副顧問」という分担の名前だけでは、伴奏練習まで含めた負担は見えない。
授業や行事も同じで、実施時間に加えて、教材研究、準備、連絡、片付け、記録まで含めて考える必要がある。
土日に仕事をすれば、その間の家事や育児を家族が担うこともある。学校の業務が、本人と家族の時間によって支えられている場合があることも、見落としてはいけないと思う。
4.個人の努力や学校の工夫だけでは減らせない理由
情報教育、防災教育など、学校に求められる取組には、それぞれ意義がある。
だからといって、すべてを追加し続けることはできない。
新しい取組には準備が必要だ。それでも従来の仕事が残れば、教員は効率化によって増えた分を吸収することになる。
学校の裁量で見直せることもあるだろう。しかし、「これまで続けてきた」「子どものためになる」と考えられている活動を減らすには、校内外での説明や調整が必要になる。
担当者一人で決められない仕事もある。
さらに、「先生にとっていい経験になる」と言われれば、負担を訴えにくくなることもある。学びがあることと、私生活を削ってまで担えることは同じではない。
仕事を増やす判断が組織で行われるなら、減らす判断と責任も組織で引き受ける必要がある。
教員個人にAIの使い方を身につけてもらうだけでは、この問題は解決しないと考えている。
5.AIを本当の負担軽減につなげるために必要なこと
私は、AIの活用と一緒に、次のような業務の見直しを進めてほしいと思う。ここからは、私自身の経験に基づく提案だ。
作る前に、必要な仕事かを確かめる
文書を早く作る方法を探す前に、そもそも必要かを確認する。
似た内容の計画や報告は統合できないか。すでにある情報を、別の様式に転記していないか。提出しても活用されていない資料はないか。
作成そのものをやめられれば、確認や修正の時間も減らせる。
修正する基準と、完成の目安を共有する
文書の目的に照らして、必ず直す必要のある誤りと、表現の好みを分ける。
必要な項目や分量を先に共有し、複数の人から指摘が出る場合は、できるだけまとめて伝える。
「何度でも直せる」を前提にせず、完成までの手順を整えたい。
準備時間を含めて仕事を割り当てる
活動時間だけでなく、そのための練習や準備まで含めて、勤務時間内に担えるかを確認する。
収まらない場合は、内容や回数を減らす、分担を変える、外部の人材を確保するなど、組織として調整する。
本人の時間管理だけに任せないことが大切だと思う。
新しく求める仕事と、減らす仕事を一緒に示す
国や教育委員会には、新しい取組を求める際、既存の何を廃止・統合・縮小できるかまで示してほしい。
件数が一つずつ増減すればよいわけではない。準備や報告も含めた時間で、負担を考える必要がある。
生まれた時間を、別の仕事で埋めない
AIを導入する前後で、対象業務の所要時間に加え、勤務時間や持ち帰り仕事がどう変わったかを確かめる。
確認や修正の負担が別の担当者に移っていないかも見たい。
空いた時間をすべて新しい取組で埋めず、授業準備を勤務時間内に終えたり、落ち着いて子どもに対応したりできる時間として残してほしい。
私は、AIの活用を進めたいと思っている。
同時に、AIを使えば教員の忙しさが自然に解消するとは考えていない。
効率化と一緒に、仕事の量、完成の基準、担当する体制を見直す必要がある。その判断を、個人の努力や学校の工夫だけに委ねないでほしい。
教員の余裕は、子どもの話を聞き、小さな変化に気づくためにも必要だ。
そして、教員自身にも、家族と過ごし、自分の生活を大切にする時間がある。
教員の時間も、その人の人生の一部だ。
AIによって生まれた時間が、今度こそ教員の手元に残ることを願っている。
参考資料:


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